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火箱芳文元陸上幕僚長の東日本大震災回想録 [東日本大震災]

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http://www.hazardlab.jp/311
 東日本大震災は、未曾有の大災害が今そこに現実にあるんだと言う事実を私たちにいやと言うほど突きつけられました。
 陸上自衛隊も創設以来の史上最大の作戦でありました。そのまっただ中で陣頭指揮を執られた当時の陸上幕僚長、火箱芳文(ひばこよしふみ)氏の回想録が上記サイトにて連載中です。
 あの日から、2年。このサイト「ハザードラボ」では、『震災の記憶を風化させない』ことが防災意識向上に向けた第一歩と考え、2年経った今、改めて東日本大震災を振り返るために「3・11特集企画」をスタートさせているそうです。
 今真実を語る火箱氏のこの連載シリーズ。皆さんも是非読んでみて頂きたいと思います。あの震災の記憶を心に刻み、そして起こりうる次の災害に活かすために…
火箱元陸幕長「事に臨んで」370.jpg


毎日新聞記事に感銘 [東日本大震災]

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 4月22日付けの毎日新聞朝刊1面4面に「幻の極秘作戦」と題する特集記事がありました。
 これは、当時の陸自のトップであった火箱(ひばこ)陸上幕僚長のインタビューに始まり、東日本大震災に際して災害派遣出動した自衛隊の秘められたストーリーを紹介する大特集記事でした。第4面は、全紙に渡って克明な取材記事が掲載されておりました。
 ★第1面の冒頭記事
毎日新聞記事「幻の極秘作戦」370.jpg

 第4面サブタイトルには、「自衛隊目の前の『死』」「東日本大震災10万人の苦悩」「家族に会わせたい」「被災隊員、妻子より任務」など、当時派遣された自衛隊員たちの心の内面に踏み込んだ記事内容が胸に迫りました。
 自衛隊の組織としての様々な活動そのものは今回の東日本大震災でも、その献身的な活動ぶりが数多く報道されました。しかしながら、隊員たち個々の心の内面の苦悩にまで言及するものはそう多くなかったように思います。
 第4面の片隅にこの記事をまとめられた方の紹介が出ておりました。毎日新聞社会部編集委員の滝野隆浩氏です。記事中にも「元防大生」とありましたので、さもありなんと合点いたしました。
 調べてみますと氏は、防衛大学校26期生であり、卒業後は毎日新聞に入社されたようであります。
 これまで、「自衛隊指揮官」(下記写真)など、出版されており、普段国民の知り得ない自衛官の苦悩などを独自の視点で世に問うておられます。私も現職当時読ませて頂いた記憶があります。
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 マスコミの枢要な位置にこのような方がおられることを嬉しく思います。
 戦後、警察予備隊〜保安隊を経た自衛隊は平和主義や反軍思想的な考えから疎んぜられることが多くありました。
 旧軍出身者がほとんど社会の第一線から消え去った今、現在の日本において軍事のプロフェッショナルははっきり言って自衛隊出身者しかおりません。真に軍事に精通している人間が日本には極めて少ないのです。これは、世界の様々な国と比較しても特異な状況と言えるでしょう。(それを善しとする人も多いのです。)
 現在は、イラク派遣で名を馳せた「ヒゲの隊長」こと佐藤正久氏をはじめ、国の中枢である国会議員として活躍して頂いておられる自衛隊OBが少しずつ増えており、心強い限りではあります。
 マスコミの中にも滝野氏のように自衛隊の「飯を食った」方が、活躍されておることは、国民にとっても大切であり、財産だと思います。
 正しい軍事に対する見識は、国家の危機に際して極めて重要な判断要素となるからです。

 本日の昼の日本テレビ系列の「ミヤネ屋」で、スイスの永世中立国としての知られざる一面がレポートされておりました。あのハイジの国スイスでは、「永世中立」を護るため、男子には兵役の義務があり、一定期間の軍事訓練を受けなければならないこと、家庭に銃が装備されており、国民自らが国を護る準備と意思を持っていること、住居には、ほとんど核シェルターが備えられていることなどが本物の銃を見たこともない若いディレクターによってスタジオで映像を通じて報告されました。
 かつて能天気な某政党が、「日本はあの平和な国スイスを目指せ」などと強武装中立国家スイスの実態を全く知らない論を息巻いていたことが想い出されますが、本日の宮根さんは、コマーシャルが入る直前ではありましたが、「あのような武器が使われないことを望みます」というような軽薄なコメントしか出来ませんでした。これにはいささか失望しましたね。そんな問題ではないでしょう??
 スイスと言う国は、何故それほど膨大な経費と国民こぞっての努力をしてまで国のアイデンティティを護ろうとするのでしょうか? それはスイスが過去の歴史に学んだ教訓なのだと思います。
 今こそ日本も大いに学ぶべき点がある凄い国なのではないでしょうか!
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 2012年における我が国周辺の情勢は極めて流動的に推移しそうです。
 政治家やマスコミの方々には日本として大局を見誤ることのなきよう、また国民を路頭に迷わせることなきよう国家の舵取りをよろしくお願いしたいものです。



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東日本大震災の記録DVD [東日本大震災]

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 東日本大震災の記録DVDが出版されております。
 先日、年の瀬の紀伊国屋札幌書店において取り寄せで購入しました。被災地の地元、東北放送(TBC)の制作によるもので143分収録の永久保存版です。
 出版の趣旨にはこのように書かれてありました。
「この東日本大震災の記録が、今後の地域防災・防災教育に役立てられるとともに、時代を超えてより多くの人たちに伝えられ、将来起こりうる被害を未然に防ぐ一助になればと願う。」
 熱しやすく冷めやすいと言われる日本人。1000年に一度とも言われる今回の大地震大津波ではありますが、明日東南海地震が起きておかしくはありません。克明な映像記録は貴重な教訓を数多くもたらしてくれるに違いありません。その辛い記憶は永く何世代にも受け継いで行くことが必要でしょう。
 なお、DVDの売り上げの一部は、東日本大震災の義援金に充てられるそうです。
http://www.amazon.co.jp/DVD-東日本大震災の記録〜3-11宮城〜-TBC東北放送/dp/4812447747

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ブルーインパルス、空から被災地を激励 [東日本大震災]

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 宮城県東松島市で8月20日に津波で被災した航空自衛隊松島基地所属のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が震災後初めて地元で編隊飛行を披露しました。
(上記写真:読売新聞8月21日朝刊)
 ブルーインパルス自身もホームである東松島基地が津波で被害を受けたことは既にブログでも紹介しました。3月11日の震災当時は幸い九州新幹線のお披露目飛行で主力が不在であった事はチームにとって不幸中の幸いであったと言えます。
 ★震災直後の松島基地の状況(津波に流されF2戦闘機が隊舎に突っ込んでおります。)
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 震災後5ヶ月経ってようやく地元、松島の上空を飛んだブルーインパルス。住民の方はどのようなお気持ちで一糸乱れぬこのフライトを見上げた事でしょう。そしてブルーのパイロットたちの心中も…
 是非感想をお聞きしたいものです。
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 折しも文芸春秋社から彼らの苦難の歴史を綴った「ブルーインパルス」(武田頼政著)が刊行されております。
(上記写真)
 華麗な飛行の影にはパイロットやクルーたちの苦難の歴史がある事を教えてくれる著作です。


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SAPIOに「東日本大震災自衛隊」特集 [東日本大震災]

 本日の読売新聞朝刊に「自衛隊、月内にも被災地を撤収」の小さな記事が掲載されていた。「防衛省は、被災地における自衛隊ニーズが減少していることを受けて8月末にも被災者支援活動を終了する方向である。」との内容です。

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 現在、書店の店頭に並んでいる国際情報誌「SAPIO」には、「震災と闘う自衛官が『背負うもの』」と題した大特集記事が掲載されています。今回の東日本大震災に派遣された120名の隊員たち一人一人のエピソードが細かく綴られております。
http://www.zassi.net/mag_index.php?id=55
 内容を読みますと、特に24ページから25ページに渡っての被災した子供たちが自衛隊員たちに送った手紙の数々には、涙が止まりませんでした。「じえいたいさんががんばってくれているので、わたしもがんばります。にほんをたすけてください。」…
 多くの子供たちから寄せられた手紙は連日過酷ながれき撤去や遺体収容にあたる隊員たちの気持ちを奮い立たせたということです。
 今回派遣された自衛隊員は10万人に及んだということですが、このようなエピソードが同じ数だけ、いやそれ以上にあったことでしょう。それは、再び起きるかもしれない次のクライシスに対しての貴重なる教訓をもたらしてくれるに違いありません。
 著書「国家の品格」で有名な藤原正彦氏は42ページにこう記しておられます。「『惻隠(そくいん)の情』『献身』…忘れかけていた日本人らしさを被災者と自衛隊員がみせてくれた。」と。

 8月5日付けでこれまでの陸上自衛隊トップであった火箱芳文陸上幕僚長はその職を辞し、かわって元東北方面総監で今回の統合任務部隊指揮官であった君塚栄治陸将がその任に就かれました。
http://mainichi.jp/select/today/news/20110726k0000e060045000c.html

 ★退官した火箱陸上幕僚長
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 ★新たな陸上幕僚長、君塚栄治陸将
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 旧友であります火箱氏からは、8月6日付けで「退官御挨拶」の葉書を賜りました。葉書の内容には東日本大震災のことは一切触れられておらず、「41年間に亘る国の防人としての任務を終了いたしました。」と淡々と書かれておるだけでした。
 しかし私は、その行間の中に、まさに律儀で清廉潔白な武人として、やるべきことをやったとの自負と誇りを感じ取ったのでありました。
 本当にお疲れさまでした。後に続く後輩たちも必ずや現代のサムライ精神を発揮して日本の守りを全うしてくれるに違いありません。


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東日本大震災/自衛隊統合任務部隊解散に思う [東日本大震災]

 7月2日の新聞各紙は東日本大震災に対する復興支援活動を行って来た自衛隊の統合任務部隊の解散を報じたが、北海道新聞は小さな扱いの記事であり気がつかなかった読者も多かったに違いない。

 NNNのニュースサイトによれば…
 「自衛隊は震災対応で、最大で約10万人の態勢を取ってきたが、震災から3か月以上が経過し、行方不明者の捜索や救援物資の輸送などに一定のメドがついたため、態勢を縮小した。
 今後も自衛隊の災害派遣自体は継続され、東北地方の陸上自衛隊を中心に、避難所での食事・入浴など生活支援活動が重点的に行われる予定。」

 今回の自衛隊の迅速かつ献身的な活動ぶりは、各マスコミもかつて例を見ないほど大きく報道し、国民の感動を呼んでいる所でありますが、自衛隊はその前々身である昭和25年の警察予備隊発足以来、任務の一つとして数多くの災害派遣に任じて来ておる訳で、その意味では当然なし得べきことを淡々と
行ったに過ぎません。
 記憶によれば確か昭和51年の山形県酒田市の大火に際しても、いち早く駆けつけ献身的な活動を行った後、派遣部隊部隊は一陣の風のごとく現地を後にしたと言う逸話を聞いたことがあります。
 これはまさに武士道精神の発露でありますね。自衛隊発足以来、その精神に変わりはないのです。
 統合任務部隊指揮官であられた東北方面総監の君塚陸将の指揮のもと寡黙に心血を注いで活動された隊員の皆さんに心から感謝したいと思います。
 そして不幸にも活動途中で亡くなられた隊員のご冥福を祈りたいと思います。

 ★君塚陸将近影〜産經新聞より
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 いま、どこの本屋に出向きましても店頭には、東日本大震災の写真集や特集記事を掲載した書籍が目につきます。
 中でも自衛隊の活動を取り上げたものが大変多いのは、いかにその活動が被災者の方々や国民を勇気づけてくれたかの証しでありましょう。
 このような組織が日本に存在していることを、今まで自衛隊に関心が薄かった多くの国民にも深く印象づけてくれました。そしてとても大切なことを身を挺してたくさん伝えて頂いたような気がいたします。ありがとう自衛隊…

 ★「自衛隊もう一つの最前線」毎日新聞社(編集協力:朝雲新聞社)
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 ★「東日本大震災/自衛隊支援活動100日全記録」(週刊大衆増刊)
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落下傘部隊、未だ災害派遣継続中… [東日本大震災]

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 日本唯一の落下傘部隊である第1空挺団(習志野駐屯地)の広報紙(全日本空挺同志会発行)5月15日号が送られてきました。広報紙「落下傘」の第1面は、やはり東日本大震災関連記事でした。
(上記写真)
 思い起こせば私が、初めて第1空挺団の門をくぐったのは昭和45年。この年の3月に防衛大学校に入校した私は校友会活動(いわゆるクラブ活動)としてパラシュート部に入部しました。そして実降下のための地上準備訓練のために習志野駐屯地を訪れたのが最初でした。
 その後、幹部に任官して昭和52年に第126期基本降下課程に入隊し5回の降下を終え、晴れの空挺バッジを授与されました。退官後も空挺同志会会員として大空をこよなく愛した強い絆で結ばれております。
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 記事によりますと第1空挺団の隊員たちは現在も福島県において災害派遣活動中となっており、その任務は、原子力発電所の状況に応じ20〜30km圏内の要救助者の救助と南相馬市市原町地区沿岸部一帯の行方不明者の捜索だそうです。
 3面4面(下記写真)は、見開きで活動状況の写真が掲載されております。甚大な被害を受けた過酷な条件の現地においてひた向きかつ献身的に活動する空挺隊員たちの姿が胸を打ちます。
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 陸上自衛隊の最精鋭と言われる第1空挺団の隊員たちは、放射能の危険とも戦いながら、現在もなお被災地支援に尽力しておるのです。感謝…

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ブルーインパルスが松島基地に還る日は? [東日本大震災]

 ★福岡芦屋基地で訓練再開したブルーインパルス
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 読売新聞が、「東日本大震災で被災した航空自衛隊松島基地(宮城県)所属の『ブルーインパルス』(渡部琢也隊長)が5月24日、福岡県芦屋町の空自芦屋基地で、震災後初の飛行訓練を行った。」
と伝えております。(上記写真)
 松島基地は東日本大震災で滑走路や施設が被害を受け、ブルーインパルスもT4練習機7機のうち、1機が使用不能になり、残る6機は、3月12日に予定されていた九州新幹線鹿児島ルート全線開通の記念行事で曲技飛行を披露するため、芦屋基地に移動していて被災を免れたということは以前のブログでも紹介した通りです。
 ブルーインパルスの所属する松島基地は、まだ十分に機能が回復していないため、避難所?生活の福岡芦屋に関係隊員が集まり訓練が開始されたとのことです。高度の飛行テクニックを有する隊員たちも空を飛ばねば飛行感覚は鈍り練度は落ちます。常に訓練しなければ展示部隊として皆様にお見せすることはできないのです。
 勝手な想像ですが、1機減ったということは予備機を除くと展示機が5機ということ?。飛行科目も変わってくるのでしょうか。1機を早急に補充しないと6機編隊の飛行に支障が出るのか。機体整備もあるでしょうし。ブルインファンもやきもきするところでしょう。
 いずれにしましても早く、松島基地に帰還できる日が来ることを切に祈る次第です。そしてまた全国の基地祭等でその勇姿を見たいものですね。

 ★写真は、2010年、旭川における展示飛行
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自衛隊撤収開始 [東日本大震災]

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 5月23日(月)読売新聞夕刊に東日本大震災で宮城県で支援活動をしていた陸上自衛隊が任務を終えて撤収を開始したという記事が掲載されました。(上記写真)
 記事によれば撤収を開始した部隊は、第10師団(名古屋市守山区)とありました。
 大震災から2ヶ月を過ぎ、10万人を超える過去最大の規模で活動してきた自衛隊にもようやくそれぞれの駐屯地に帰る時期が来たのですね。頑張った戦士たちにもそろそろ、しばしの休息の時を与えてあげてよい時期かと思います。
 NHKの昼のニュースでも名取市における帰隊行事の模様が放映されました。市長はじめ市民からは、大人も子供も隊員たちの献身的な支援に対する心からの感謝の言葉が聞かれました。
 地元はもとより全国から支援に駆けつけた自衛隊員たちの家族や親族にも被災したものが居る中での今回の2ヶ月を越える自衛隊の支援活動は、多くのマスコミにも取り上げられ、その真摯かつ誠実な任務遂行ぶりは高く評価されたのではないでしょうか。そして被災された多くの方々は自衛隊員たちの活動対して深い信頼感と感謝の想いを抱いたことでしょう。
 被災者の心を我が心として自衛隊員たち一人一人が身を以って行動で示した姿はまさに現代の武士道精神の発露ではなかったかと私は考えています。

 ★感謝の心を映像で(The Anchoroさん制作)


 ★献身的に被災地支援に努めた自衛隊員たち(ネット情報より)
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 ところで、防衛庁が防衛省になったとは言え国における自衛隊の位置づけ(憲法上)には未だに確固としたものが無いのが現状であります。
今回の災害派遣を通じて自衛隊の評価が高まるのはОBとしても嬉しく思いますが、識者と言われる方々の中に「されば、自衛隊を災害派遣任務に特化した編成装備にせよ」などという本末転倒な意見をマスコミを通じて堂々と主張される向きがございます。
今回の大震災は、地震、津波、そして原発事故とまさに未曾有の事態ではありましたが、国家レベルの危機という観点からは、国家の主権が侵される事態こそ最高レベルの深刻な危機なのです。そのためにこそ自衛隊は存在し続けてきたのであり、今後も治に居て乱を忘れず営々と普段の訓練を積み重ねていくことこそ、国の根幹にとって極めて肝要なことなのでありましょう。日本国の北にも西にも南西にも防衛上の不安定要素は間違いなく存在し、かつ増大しているのですから。
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写真集「闘う日本〜東日本大震災1ヶ月の全記録(産経新聞社)」 [東日本大震災]

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 あの震災から2ヶ月が過ぎて被災地の復興への槌音も力強く聞こえてきつつあります。 
 いま東日本大震災の写真集が続々と発刊されております。1000年に一度とも言われる今回の災害は日本国民の一人として決して忘れてはならない記憶として後世に語り継いでいかねばならないと思います。
 数多刊行されている中で、産経らしい「自衛隊・警察・米軍の救援活動も完全収録」とのサブタイトルに惹かれて「闘う日本~東日本大震災1ヶ月の全記録(産経新聞社 1365円)」を昨日購入しました。(上記写真)
 巻頭文は「日本国再建に向けて」と題するジャーナリストの櫻井よし子さんによるものでした。
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 深く印象に残った部分を紹介します。
「(中略)被災した人々はおよそ皆、見事なまでに自らを律し、公と私のバランスを保った。愛する家族を失い、財産を失った中でも投げやりになったり諦めたりせず、勁(つよ)さを保ち、他者への篤(あつ)い思いやりを実践した。(中略)同時にこの困難の中で、私たちは祖国についての根源的な問いを突きつけられた。わが国政府はなぜ、国難に当って、事実上機能しなかったのかという問いだ。」
 櫻井氏は立派な国民とお粗末な政府という対比が生じた理由について戦後の政府(当然自民党も含んでのことであろう)が国の生き残りを担保する力を他国に依存してきたことに由来すると看破しておられます。自力で困難な局面を切り開き、乗り越えることを忘れて来たと。
 私たち国民に課せられた課題は、単に復興するだけでなく国としてのあるべき根本から見直すことが多くの亡くなった方たちへの責任であり義務であると訴えておられます。(私めも心から賛同するものです。)

 この写真集の編集上の特徴としては、写真とデータを用いて様々な切り口で大震災後の1ヶ月をパノラマ的に俯瞰できるように工夫されていることです。
 特に震災前と震災直後そして復興の足跡が分かるような写真の配列、そして見開き2ページで3月11日から4月11日までの1ヶ月間の産経新聞1面全紙の紹介がなされています。(下記写真)
 そう言えば震災当初1週間は毎日のように号外が出ていたのを思い出します。まさに毎日が新たなるクライシスの連続でありました…
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 ところで、先日ようやく(株)ワールドフォトプレス/モノショップに注文しておりましたトモダチ作戦のワッペン2枚が届きました。
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 裏にはベルクロテープが縫い付けてあり、ジャンパー等への装着が容易になるよう工夫されております。(上記写真)
 真っ赤な日の丸にあしらわれた「友」の漢字が今回の日米共同の証としてシンボリックでよろしいかと思います。
 反響が大きく相当数の注文があったみたいで、注文から入手まで約1ヵ月半くらい掛かりました。売り上げの一部は義援金に回されるとのことです。早速愛用のアビレックスМA―1ジャンパーの肩に付けてみたいと思います。
 ご関心のある方、まだ注文受付中のようです。アクセスはこちらへどうぞ。
http://www.monoshop.co.jp/shop/products/list.php?category_id=224

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